「蟻の王」 ~現在公開中のイタリア映画 PART 1~

よみもの
引用元:「蟻の王」公式X

 

 11月から12月にかけてLGBTをテーマにした映画が立て続けに公開されています。私のレビューでは最新作を紹介する機会が少ないのですが、タイミングよく劇場で鑑賞できた2本を前後編に分けて紹介したいと思います。どちらも実際に起きた事件をベースにしたイタリア映画です。

 PART1は1960年代に20代の男性を“そそのかした”として教唆(きょうさ)罪に問われた詩人、劇作家にして蟻の生態研究者アルド・ブライバンティの裁判を描いた作品「蟻の王」です。

同性愛をタブー視する社会への問いかけ

引用元:「蟻の王」公式X

 若者を集めて芸術サークルを主催しているアルドは美しい教え子エットレと恋に落ち、同棲するようになります。数年後、二人の関係を嫌悪するエットレの母親により、エットレはカトリック系の病院でコンバージョン・セラピー(転向治療)を受けさせられ、アルドは教唆罪で逮捕されます。裁判に疑問を持った記者のエンニオはペンの力でアルドを救おうとしますが、同性愛者に対する世間の風当たりは強く・・・ まだ公開中なのでネタバレを避けつつ説明すると、こんな感じのストーリーです。

 第1回で取り上げた「大いなる自由」も同性愛と法律を扱った作品でしたが、同性愛を禁じる法律が存在したドイツと違い、イタリアには同様の法律はありません。1945年までファシスト政権を率いていたムッソリーニが「我が国に同性愛者はいない」と主張していたからです。第二次世界大戦後も同性愛をタブー視する風潮は根強く、そのためアルドには“一個人をそそのかし完全に従属させた”として教唆罪が適用されました。結論ありきで犯罪が生み出される恐ろしさを感じます。

 “そそのかされた”側のエットレが受けるコンバージョン・セラピーは、早い話が電気ショック。かなり衝撃的なシーンですが、それ以上に こうした非人道的で非科学的な行為が神の名のもとに行われたという事実に衝撃を受けました。例えばアメリカでは2000年代までに約70万人の成人がコンバージョン・セラピーを経験しているそうです。(*1)

 登場人物の言動にはグレーゾーンが多く、それをどう受け止めるかは観客に委ねられている気がします。また哲学的、文学的なセリフが多いので、かなり頭を使う作品かもしれません。観終わったあとクラクラしました。

 例えばアルド。彼は古城を思わせる邸宅で若者に囲まれて暮らしています。時には演劇のワークショップを行いますが、その指導方法はかなりのスパルタで、昨今のエンタメ界の問題とダブって見えました。彼のそういう言動が裁判で不利に働いた面はあるでしょう。ただ、それがエットレを教唆したことになるのかと言われると首をかしげざるをえません。

 あるいはエットレの母親。彼女の行動は息子を救うための苦渋の決断なのでしょうか? それとも敬虔なカトリック教徒ゆえの正義感? 同性愛への偏見だけでなく、もっとエゴイスティックでドロドロとした私怨のようなものを感じました。皆さんはどうご覧になるでしょうか。

 登場人物の中で最も人生を狂わされたエットレは、セラピーのせいで廃人のようになりながらも本質を見極めようとします。そのピュアな瞳は、アルドに魅せられ、彼の知識や感性を貪欲に吸収していった日々の輝きと変わりません。だからなおさら痛ましく、いつまでも観た者の記憶に残ります。

 さて、作品のタイトルにもある“蟻”は集団をつくり、階層的社会生活を営むことで知られています。アルドはその習性を「1匹だけだと迷子になるから」と表現しています。“蟻の王”とはエットレが迷子にならぬよう導くアルドのことなのか、集団の同調圧力を利用し、ひとつの方向に誘導する存在(神や権力者やマスコミ)のことなのか・・・ 鑑賞後2週間経った今も、私は答えを探し続けています。

 

*1 『同性愛の「矯正治療」にNOを突きつけた青年』 2019.4.9 朝日新聞DIALOG

2022年製作/イタリア
原題:Il signore delle formiche
配給:ザジフィルムズ

小泉真祐

小泉真祐

字幕翻訳家。会社員を経て映像翻訳の道へ。担当作品に「靴ひも」「スワン・ソング」「LAW & ORDER : 性犯罪特捜班」など。

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