「ぼくのお日さま」 ~もどかしさも、また魅力~

よみもの
引用元:映画「ぼくのお日さま」公式サイト

 

 9月13日から奥山大史監督の商業映画デビュー作「ぼくのお日さま」が公開されています。今年5月のカンヌ映画祭で絶賛されたというニュース(*1)を目にして以来、密かに注目していました。今回はこの作品を取り上げたいと思います。私の連載で日本映画を取り上げるのは初めてですね。

演技とは思えない! 子役たちの自然な佇まい

引用元:映画「ぼくのお日さま」公式サイト

 舞台はとある雪国の田舎町。吃音のある小学生のタクヤ、フィギュアスケートを習う内気な少女さくら、さくらのコーチで元フィギュアスケート選手の荒川という3人を軸に物語は進みます。タクヤはスケートリンクで練習するさくらを偶然見かけ、引き寄せられるようにフィギュアのまね事を始めます。彼のひたむきな姿に何かを感じた荒川は自分のスケートシューズを貸し、指導するようになります。やがて彼の提案でタクヤとさくらはペアでアイスダンスの大会出場を目指すことに。練習を通して3人は心を通わせていきますが、ある日 荒川と同性パートナー・五十嵐の仲睦まじい姿をさくらが目撃してしまい・・・

 あらすじはこの程度にとどめておきますが、決してドラマチックな展開がある作品ではありません。また非常にセリフの少ない作品です。それなのにこんなにも心に響いてくるのはなぜでしょう。作品の公式サイトには多少の解説があるものの、本編では3人のバックグラウンドを明確に説明するシーンやセリフはありません。それでも彼らの抱えるもどかしさや生きづらさ、挫折感や痛みが伝わってきますし、その言葉にならない部分が本作最大の魅力でもあります。

 奥山監督は先日出演したラジオ番組でこう語っています。「気持ちをどんどん言葉にしていくのって少し説明的に思えてしまう時があって、なるべく説明にならないように余白をつくることで観る人が自由に解釈できる部分を残しておくと、その人ごとに違う感想が生まれる映画になると思います」(*2) 荒川を演じた池松壮亮さんも「その余白に登場人物たちから自然と生まれてくる感情や言葉、物語の機微がうまく映ってくればきっと素晴らしいものになる」と語っています。(*3)

 その余白づくりが成功していることは言うまでもありません。特にスケートのシーンが秀逸です。柔らかい光が差すリンクや凍った湖の美しさ、3人の表情、そしてアン・マレーの「踊りましょう(Could I Have This Dance)」やゾンビーズの「ゴーイン・アウト・オブ・マイ・ヘッド(Goin’ Out Of My Head)」といったBGM。それだけでもう何も要りません。観ていて、自然と涙があふれてきました。

 現代って情報があふれすぎて疲れてしまいます。私は「昭和のテレビっ子」でしたが、ここ十数年でテレビを見る頻度はめっきり減りました。原因のひとつはテレビ画面が“うるさい”ことです。特にバラエティー番組では出演者の発言を凝ったフォントの字幕で出し、効果音もかぶせる。また四方には番組名やテーマなどのテロップが所狭しと表示されています。耳の不自由な方のためのバリアフリー字幕というわけでもなく、視聴者に想像する隙を与えず、“ここ、笑うとこ!”と誘導しているみたい。好きな所で笑わせて!

 また何事にも白黒をつけたり、手っ取り早い答えを求める風潮にもなじめません。誰しも言葉にできない感情を抱えているし、口にした言葉が必ずしも本心とは限らないですよね。人間って複雑で厄介な生き物だと思うんです。だから相手の気持ちを想像したり、物思いにふけるといった“心の余白”が大事なのではないでしょうか。そんなことを感じさせてくれる作品です。

 言葉を扱う職業に就いている者としては、すべてを語らないことの効果も学びました。字幕翻訳家は限られた字数の中で原文のエッセンスを伝えねばなりません。時に情報を取捨選択する必要に迫られますが、その判断基準のひとつになりそうな気がします。

 まだ書きたいことはありますが、本作の感想を言葉にすると野暮になってしまいそう。物語のモチーフとなったエンディング曲を含め、余韻がずっと続くような作品なので、ぜひご覧になってください。

 

*1 『カンヌ映画祭で「ぼくのお日さま」公式上映、5分間超のスタンディングオベーション』 読売新聞 2024.5.21
*2 『パンサー向井の#ふらっと』 TBSラジオ 2020.9.16
*3 『池松壮亮 “余白をどうするか。現代主流の映画作りと違うアプローチが不安だった” 』 GOETHE 2024.9.7

 

2024年製作/日本
配給:東京テアトル

小泉真祐

小泉真祐

字幕翻訳家。会社員を経て映像翻訳の道へ。担当作品に「靴ひも」「スワン・ソング」「LAW & ORDER : 性犯罪特捜班」など。

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