「わたしは、ダニエル・ブレイク」~制度が国民をふるいにかける~

よみもの
引用元:「わたしは、ダニエル・ブレイク」公式X

 

 つい最近、生活保護の申請数が6ヵ月連続で増加しているというニュースを目にしました。(*1)コロナ禍に伴う特例的な生活支援が、経済活動の正常化に伴い縮小されたことも一因とのこと。このニュースに寄せられた生活保護受給者に対する厳しいコメントを見ていると、なんだか心が寒くなってしまいます。

 今回はこうした社会保障制度を扱ったイギリス映画「わたしは、ダニエル・ブレイク」を取り上げたいと思います。

社会派監督ケン・ローチの熱いメッセージ

引用元:「わたしは、ダニエル・ブレイク」公式X

 主人公のダニエル・ブレイクは大工です。彼は心臓病を患ったため医師に仕事を止められ、支援金を受給していました。ところが更新の際に“就労可能”として支援を打ち切られ、収入が途絶えます。仕方なく求職者手当を申請するため職業安定所を訪れます。そこで出会ったのがシングルマザーのケイティです。彼女は規則を破ったとして給付を止められていました。そんな二人の姿を通してイギリス社会の構造的問題をあぶり出した作品です。

 全編を通して制度の矛盾が次々と映し出されます。例えばダニエルは医師から仕事を止められているため、そもそも働くことができません。しかし求職者手当を受けるには求職の実態を報告する義務が生じます。彼は自分が働けないと知りつつ、就職活動をしなければなりません。

 一方、給付を止められたケイティは、子どもの学費をねん出するために生活を極限まで切り詰めていきます。印象的なのは彼女がフードバンク(困窮者に食料品などを無償で提供する団体)を訪れるシーン。空腹に耐えかねて支給品をその場で食べてしまい、我に返って泣き崩れてしまうのです。

 こうして制度に心身ともに追い詰められた二人は、自らの尊厳を守るために立ち上がります。どんな結果が待っているのでしょうか。ケン・ローチ監督がタイトルに込めた思いを感じてください。

 二人のキャラクターや置かれた状況は観客が同情しやすいように描かれています。しかし実社会には貧困が可視化されにくい人も多いのではないでしょうか。日本で「自己責任」という言葉が流行語大賞のトップ10に入ったのは2004年です。(*2)当初は政治家が使っていたようですが、今では弱者に向ける言葉として広まってしまった印象があります。しかし私たちはコロナ禍により、誰もが経済的危機に直面しうるということを知りました。給付の基準を設けることは必要でしょうが、制度が弱者の尊厳を奪っていいはずありませんよね。

 ところで、公開時のキャッチコピーは『人生は変えられる。隣の誰かを助けるだけで。』でした。作品を観た方は違和感を覚えたのではないでしょうか。確かに2人が助け合う様子は微笑ましく、また感動的でもあります。しかしこのコピーだと社会構造や国の制度設計への問題提起が、個人の問題に矮小化されてしまわないかな・・・ なんて重箱の隅をつつくようなことを考えてしまいました。

 

*1 『生活保護申請。6カ月連続で増加 コロナ支援縮小が一因』 2023.10.1 共同通信
*2 『14年前、誰が「自己責任論」を言い始めたのか?』 2018.11.2 文春オンライン

 

2016年製作/イギリス・フランス・ベルギー合作
原題:I, Daniel Blake
配給:ロングライド

小泉真祐

小泉真祐

字幕翻訳家。会社員を経て映像翻訳の道へ。担当作品に「靴ひも」「スワン・ソング」「LAW & ORDER : 性犯罪特捜班」など。

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