引用元:IMDb「Places in the Heart」
3月に行われた96回アカデミー賞授賞式は、見どころの多かった昨年と違い、個人的には後味の悪いものでした。原因は助演男優賞を受賞したロバート・ダウニー・Jr.と主演女優賞を受賞したエマ・ストーン&プレゼンターのジェニファー・ローレンスです。(*1)
オスカーの演技部門では前年の受賞者がトロフィーを渡すのが慣例ですが、今年は歴代の受賞者5人がプレゼンターとして並び、その中央にいる前年の受賞者がトロフィーを手渡す演出でした。前年の助演男優賞はベトナム系のキー・ホイ・クァン、主演女優賞は中国系のミシェル・ヨーというアジア人俳優でした。
そして受賞の瞬間、壇上に上がったロバートはキー・ホイ・クァンに一瞥もくれず片手でトロフィーを受け取り、そのまま隣の白人俳優と握手。主演女優賞の時はさらに不自然で、歴代受賞者の1人として並んでいたジェニファーがミシェルからトロフィーを横取りするように掴み、自らの手でエマに渡そうとしました。エマもミシェルへの挨拶もそこそこにジェニファーとハグ。何十年も授賞式を見てきましたが、あんなふうにオスカー像を扱った人たちは記憶にありません。
3人に対して一部で批判が上がったものの、ミシェルが「エマの親友であるジェニファーに花を持たせた」的な声明を出したことで騒ぎは沈静化。それでも私はアジア人への無意識の差別を感じ、悲しい気分になりました。
そんな中で印象的だったのが、同じく歴代受賞者として壇上にいたサリー・フィールドでした。彼女はミシェルを差し置いてトロフィーを渡そうとするジェニファーの腕を引き、下がるよう促したんです。もちろん真意は分かりません。エマたちを擁護する人からは「被害者意識を持ちすぎ」といった声も上がりました。私もロバート、エマ、ジェニファーが意図して差別的な行動を取ったとは思いません。ただ主演女優賞を二度も獲得した大女優の咄嗟の行動から、大人のたしなみを感じたのも事実です。
やたら前置きが長くなりましたが、そんなサリー・フィールドを二度目の主演女優賞に導いた作品「プレイス・イン・ザ・ハート」が今回のレビューです。
1930年代のアメリカ南部を舞台にした秀作
舞台は大恐慌時代のテキサス州。エドナは保安官の夫ロイスと子供2人に囲まれ、貧しくも幸せに暮らしていました。しかしロイスが酔った黒人に誤って撃ち殺されたことで生活は一変。実は住宅ローンが残っており、返済が滞れば家を売らざるを得ないことを銀行員のデンビーに告げられます。時を同じくして流れ者の黒人モーゼスが施しを求めてエドナのもとを訪れます。愛する子供との生活を守りたいエドナはモーゼスを雇い入れ、ロイスが所有していた30エーカーの畑で綿花を育てて出荷することを決意します。さらにデンビーが戦争で失明した義弟ウィルを下宿させ、代わりに家賃を払うことを提案。こうして彼らの共同生活が始まります。
当時のアメリカ南部といえば黒人差別が根強い地域。夫を黒人に殺されたエドナも当初はモーゼスに心を許しません。ウィルに対しても同様で、デンビーの提案を渋々受け入れたものの、若い独身男性とひとつ屋根の下で暮らすことには抵抗があります。義兄に厄介払いされたウィルには人間不信なところがあり、互いの生活に干渉しないことをエドナに提案します。
モーゼスの指導でようやく畑仕事に慣れてきたころ、巨大ハリケーンが街を襲い、順調に育っていた綿花はダメになってしまいます。窮地に立たされたエドナは無謀ともいえる賭けに出ます。それはやがて周囲の人々を巻き込み・・・
女性の自立を描いた映画として語られることの多い本作ですが、シングルマザー、黒人、障害者など、いわゆるマイノリティー差別と向き合った作品だと感じました。働く女性に冷笑的な態度を取る男性、差別主義者による黒人へのリンチ、障害者が抱く疎外感など、2020年代にあっても解消されていない事柄ばかりです。アメリカ南部を舞台にした作品では大抵 黒人差別が描かれていますが、そこにあらゆるマイノリティー差別を絡ませたことが本作の特徴ではないでしょうか。むしろ作品が公開された1984年より、問題が可視化された現在のほうが説得力を増している気さえします。
各人の違いを認め合い、“心の居場所(プレイス・イン・ザ・ハート)”を見つけていく3人の姿は見る者の心を温めてくれます。ハッピーエンドとはちょっと違うけれど、ラストシーンにロバート・ベントン監督の願いが込められている気がしました。とても感動的なシーンなので、皆さんにもぜひ味わってほしいです。
それにしてもサリー・フィールドは土壇場で力を発揮する女性の役がよく似合いますね。アカデミー賞を初受賞した「ノーマ・レイ」では紡績工場の労働組合を立ち上げるシングルマザーを演じていました。現在は俳優業の傍ら、政治をはじめとした意思決定の場に優秀な女性リーダーを送り込む取り組みも行っているそうです。(*2) やっぱり彼女はすてきです。
*1 『「気のせい」で終わらせてはいけない… アカデミー賞授賞式で露呈したアジア人が無視される大問題』 PRESIDENT WOMAN Online 2024.3.27
*2 『俳優サリー・フィールド、世界を変える女性リーダーの創造に取り組む77歳の飽くなき情熱』
VOGUE JAPAN 2024.2.25
1984年製作/アメリカ
原題:Places in the Heart
配給:コロムビア映画