「燈火(ネオン)は消えず」 ~消えゆく文化、それは光の書道~

よみもの
引用元:「燈火は消えず」公式サイト

 

 2019年から全世界で流行した新型コロナウイルス感染症。日本では2020年春に初めて緊急事態宣言が出され、街はひっそりと静まり返りました。あれから4年以上が経過し、感染自体は収まっていないものの、自粛モードは過去の記憶となり、今や夜の街にはネオンがあふれています。

 ところでネオンって実は絶滅危惧種ということをご存じですか? 現在の街を彩る看板はLEDライトを使った“ネオン風”が主流で、ネオン管を使った本物は減少しているそうです。(*1) そんな昔ながらのネオン看板製作に情熱を注いだ人々を描く香港映画「燈火(ネオン)は消えず」を紹介します。

けばけばしさが愛おしいネオン看板に情熱をかけた人々

引用元:「燈火は消えず」公式サイト

 2010年の建築法改正により9割ものネオン看板が姿を消した2020年代の香港。元ネオン職人の夫ビルに先立たれたメイヒョンは遺品の中から1本の鍵を見つけます。それはビルが営んでいたネオン工房の鍵でした。とっくに廃業したはずなのになぜ? 不審に思い工房を訪れると、そこにはビルの弟子だという青年レオがいました。メイヒョンは最近まで工房が稼働していたことを初めて知ります。しかもビルにはやり残した仕事があるとレオに聞かされます。メイヒョンは動揺を隠せません。実はSARSが香港で猛威を振るっていたころ、受注減を理由に廃業を勧めたのは自分だったからです。ついに彼女は夫の生前の願いをかなえるべく、レオと共に工房を再開させ、自らもネオン製作に挑戦します。果たしてビルがやり残した仕事とは・・・

 道路に大きくせり出したド派手な巨大看板は、香港に行ったことのない人でも目にしたことがあると思います。大小さまざまな看板が雑多な街並みと相まって独特な空気を醸し出していました。そんなイメージとは裏腹に、製作工程はとても繊細。バーナーで熱して柔らかくなった細いガラス管を曲げて文字や絵を作り、そこにネオンガスなどを入れます。熱しすぎるとガラスが割れてしまうので美しい看板を造るには熟練の技が必要です。だから職人の手は傷だらけ。

 特に漢字は画数が多いので細心の注意と根気強さが必要です。あの雑多でノスタルジックな“100万ドルの夜景”は職人たちの技術とプライドがあってこそだったんですね。劇中「ネオンは光の書道」というセリフが出てきます。なんて美しい表現でしょう! 職人によって生み出されるネオンを見ていると、他の表現が見つからないと思えるほど的確です。

 香港では2010年の建築法改正などで看板の大きさや高さが制限され、次々とネオンが撤去されたそうです。安全性を考えると仕方ないのでしょうが、ネオンが消えた香港の街は味気ないものになってしまいました。ちなみに劇中では現存するネオン看板を撮影したり、CGを駆使するなどして、かつての香港の夜景を再現しています。

 アナスタシア・ツァン監督は「高尚で謙虚なネオン職人の存在をより多くの人に知ってほしい」と語っています。(*2) その言葉どおり、職人への尊敬の念や、消えゆく文化を後世に残そうという思いが伝わってくる作品でした。本作の成功を受け、ネオンをサイズダウンして再現し 保存する動きも出ているそうです。

 日本も大規模開発が進み、どの都市も似たような街並みになってしまいました。大きな商業施設に入れば、すべて用が足りてしまうので確かに便利。それと引き換えに街の風情や個性が失われてしまった気がするのは私だけでしょうか。

 便利といえば、最近は機械翻訳の性能が上がり、誰でも手軽に“日本語字幕的なもの”付きの動画を作れる時代になりました。意味を知るだけなら十分かもしれません。ただ仕事としての字幕翻訳となると話は変わってきます。私は英語から日本語への翻訳がメインですが、作品の雰囲気を壊さず、観る人に極力ストレスを与えない自然な日本語に置き換えるのは骨が折れる作業です。「観る人に伝わるかな?」「日本語として変じゃないかな?」「“ら”抜き言葉を使ってないかな?」と自問自答しながら訳しているんですよ。吹替や文芸の翻訳家さんも同じだと思います。利便性やスピード感が良しとされる時代にあって、ある意味でアナログチックな仕事かも。そのぶん 奥が深くてやりがいがあります。この作品を観ながらそんなことを思いました。

 ところで本作では日本語字幕の翻訳者としてお二人の方の名前がクレジットされていました。専門性の高い作品などで字幕監修がつくことはありますが、翻訳者として複数名がクレジットされるケースを初めて見ました。どのような作業分担だったのか気になります。いずれにしても作品に関わった方の名前がきちんとクレジットされるのはいいことだと思います。ちょっとしたことですが翻訳者の励みになるものなんです。

 

*1 『実はネオンは“絶滅危惧種” アオイネオン荻野さんに聞く、文化や芸術を残すために必要なこととは』 CIMEDINE Style 2023.3.27
*2 『どうなってるの中国映画市場 – 第60回』 映画.com 2024.1.15

 

2022年製作/103分/G/香港
原題:燈火闌珊 A Light Never Goes Out
配給:ムヴィオラ

小泉真祐

小泉真祐

字幕翻訳家。会社員を経て映像翻訳の道へ。担当作品に「靴ひも」「スワン・ソング」「LAW & ORDER : 性犯罪特捜班」など。

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