画像提供:株式会社VPC
忘れたころにやってくる(笑) 皆さんお元気ですか? 去る9月18日、六本木のアスミック・エース社で行われた映画「ブルーボーイ事件」の試写会に行ってきました。久しぶりの更新となる今回のエンタメレビューでは1960年代に起きた事件を基にした本作を取り上げたいと思います。
高度成長期の日本で行われた衝撃の裁判

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“ブルーボーイ”という言葉をご存じですか? 性社会・文化史研究者の三橋順子さんの解説によると身体を女性化した男性を指す1960年代のスラングだそうです。(*1)
時は1965年、売春防止法違反を取り締まる警察にとって悩みの種がこのブルーボーイによる売春でした。彼女たちは身体的には女性でも戸籍上は男性。そのため“男女間”を想定している売春防止法が適用されないからです。そこで警察は性別適合手術を行った医師の赤城を当時の優生保護法28条(正当な理由なく生殖を不能にする手術を禁じた条文)違反で逮捕するという奇策に出ます。赤城の弁護を任された狩野は、彼のもとで手術を受けたブルーボーイたちに法廷での証言を依頼します。かつてゲイバーに勤務し、今は喫茶店で女性として働くサチもその1人でした。
自らもトランスジェンダーである飯塚花笑監督はブルーボーイ役にLGBTQ当事者を起用しました。ヒロインのサチに抜擢された中川未悠さんは演技未経験だったそうですが、法廷で証言することに戸惑いながらも自身のアイデンティティーに向き合うサチの心情を丁寧に表現しています。またイズミ・セクシーさん演じるアー子と中村中さん演じるメイの存在も忘れられません。考え方の違いから反目し合う2人の根底にある共通の思いをぜひ感じ取ってください。登場シーンはどれも胸に迫るものがあり、当事者をキャスティングした効果がはっきりと表れています。
法廷シーンでは軍国主義の亡霊のような検事からサチたちに数々の暴言が投げつけられ、対する狩野も理解が追いつかず かえってブルーボーイたちを傷つけてしまいます。この裁判から60年の月日が流れた2025年の世の中はどうでしょうか。偶然にも那覇市議会で某議員が「トランスジェンダーの性自認が伝染する」と発言したことが報じられたばかり。(*2) アメリカではトランプ大統領が「男性と女性の2つの性別のみを認め、変更はできない」とする大統領令を出したことも記憶に新しいところです。(*3) LGBTやLGBTQといった言葉が浸透した現在にあっても性的マイノリティー、とりわけトランスジェンダーの方々への無理解やヘイトは解消されていないようです。“男か女か”という二元論では語りきれない複雑さへのいら立ちなのでしょうか。
でもジェンダーに限らず人間ってひとりひとり違うものだし、誰でも他人から理解されにくい部分を持っていると思うんです。便宜上ある程度の線引きはあっても、そこにすっぽり収まる人ばかりじゃないですよね。そのことを少し意識するだけでもっと生きやすい社会になるのに・・・ なぜ当事者を傷つけてしまったのか自問自答する狩野を見ていて そう感じました。演じる錦戸亮さんもいいですね。おじさんの悪い癖で、いつまでもアイドルのイメージを抱いていたけれど、キラキラ要素のない壮年の男を魅力的に演じていて驚きました。(NHKのドラマ「アナウンサーたちの戦争」に出ていた森田剛さんにも同じ感想を持ったなぁ) そして前原滉さん。サチをひたむきに愛する若村役が見事にはまっています。本作で一番好きなキャラクターかも。
まさにタイムリーな作品といえる「ブルーボーイ事件」は11月14日から全国公開。第38回東京国際映画祭のガラ・セレクション部門での上映も決定しました。筆者お薦めの1作、皆さんも劇場に足を運んでみてはいかが?
*1 映画「ブルーボーイ事件」パンフレットより
*2 『トランスジェンダー「伝染する」 参政党の那覇市議が発言』 テレ朝NEWS 2025.9.16
*3 『性別は「男性と女性のみ」、トランプトランプ氏が多様性政策撤廃へ大統領令』 Reuters 2025.1.21
2025年製作/日本
配給:日活、KDDI